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第108話 | (とくべえいけのきつね) 徳兵衛池のきつね(森町) |
森町の北戸綿(きたとわた)と掛川市の境に、「杭瀬ケ谷(くいせがや)の池」があります。むかしは、まわりに木や草がおいしげっていてさびしい所でした。北戸綿の人たちは、この池を「ついたかみてくりょうの池」とか「徳兵衛池」とよんでいたことがありました。それには、次のような話が残されています。 むかし戸綿に、女の人のくし、かんざし、手かがみやおしろい、べに、おはぐろなどを売り歩いて生活している徳兵衛という人が住んでおりました。 その日も徳兵衛は、いつもの通り品物をせおって夜明け前に行商(ぎょうしょう)に出かけました。杭瀬ケ谷の池の近くまできたとき、草むらの中にねている大きなきつねを見かけました。徳兵衛は、何を思ったのか、足もとの石を拾うと、ねているきつねめがけて力いっぱい投げつけました。石は、おなかにあたりました。きつねは、 「キェーン。」 と悲鳴(ひめい)をあげて高くとびあがったひょうしに池の中に落ちてしまいました。徳兵衛は、そのまま通りすぎ、一日のあきないをすまして、何事もなく家に帰りました。 そのことがあってから三日ばかり後、いつものように夜明け前に家を出た徳兵衛が、池の近くまできたときでした。池のふちに立っているきれいな女の人を見ました。じっと水面を見つめているので、 「身投げではないだろうか。助けてやらねば。」 と思って、そっと近づいてみましたが、そうではありませんでした。女は、自分のすがたを水面にうつして、髪をなであげたり、顔をペタペタとたたいたりして、おしろいをつけるようなしぐさをしているのでした。徳兵衛は、この人ならおけしょう品を買ってくれるかもしれないと思って、話しかけました。女は、おけしょうのことをいろいろたずねたうえで、おはぐろを買いました。 徳兵衛は、家を出てすぐ思いがけないあきないがあったので、 「きょうは、えんぎがいいぞ。」 と喜んでそこを去りました。だが、どうしたことでしょう。その日に限って品物がほとんど売れませんでした。何とかして売ろうと、いらいらして歩き回っているうちに、いつか日ぐれ近くになってしまいました。日がくれてしまっては帰れなくなるので、あきらめて帰ることにしました。 帰り道、池にさしかかると、朝いた女が、同じ場所に立って、水面を見つめておりました。徳兵衛は、不思議に思ってそばにより、 「朝は、ありがとうございました。どうかなさいましたか。」 とたずねますと、女はふりかえりながら、さびしそうな声で、 「ついたかみてくりょう。徳兵衛さん。」 と言いました。朝とはまったくちがったうすきみ悪いその声やすがた。知らない女の人から自分の名前を言われたことに徳兵衛は、せすじがぞっとしました。 「きれいについていますよ。」 と答えましたが、その言葉が聞こえないかのように女は、 「ついたかみてくりょう、徳兵衛さん。」 と言いながら近づいてきました。よく見ると、おはぐろをくちびるまでつけ、青ざめた顔は、人間ばなれのした、何ともおそろしい顔に見えました。いっそうきみ悪くなった徳兵衛は、 「きれいについていますよ。」 とふるえる声で言いました。それでも女は、 「ついたかみてくりょう、徳兵衛さん。」 と言いながら、ますます近づいてきました。あまりのおそろしさに、少しずつ後ずさりをし始めましたが、しまいには足をすべらせ池に落ちてしまいました。 やがて、池からはい上がって、命からがらにげ帰った徳兵衛は、その晩から熱を出し、三日三晩も苦しんだそうです。 (「森町ふるさとの民話」より) |
現在の杭瀬ケ谷(くいせがや)の池 |
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