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第106話 | (いぬづかはちろう) 犬塚八郎(袋井市) |
南地区の高尾大門は昔、後醍醐天皇の御代に天皇にゆかりのある方が住んでいたと思われる地名が残されています。 京都の地名と似た点も多く、天皇にゆかりのある方が、南部、今の高尾地内に住み、赤ぬりの大きな門を建てたので大門と言ったものと思われます。 このお話は、その当時の武士のお話です。 その頃、この地に「大平権三郎秀光(おおひらごんざぶろうひでみつ)」という殿様が住んでいました。この殿様は大へん短気でした。ある日殿様は、家来と馬の競走をしました。 家来の中に「犬塚八郎(いぬづかはちろう)」という忠義な家来がおりました。 他の家来達はわざと負けて、殿様に勝ちをゆずったのですが、犬塚も競技に加わり殿様を負かしてしまいました。 殿様は大へん不機嫌になってしまいましたので、家来達は八郎に「どうして殿様を負かしたのか」とつめ寄りました。 そこで八郎は、 「殿が怒るのは知っていましたが……。殿の技術はまだまだ未熟でございます。それ故、ここで負かしてやれば殿の腕前も上がるのではないかと考えわざと勝ったのです」と申し立てました。 ところが、しっかりした殿様であればここで“あっぱれであるぞ”と怒りを押えるのですが、殿様はそうではありません。ものすごく短気でしたので、かえって怒りはすごくなり、八郎を手打ちにしてしまったのです。 その後、月日が過ぎ、ある日殿様が川で魚をつっていました。そこは以前、犬塚八郎の死体を流した場所である事をすっかり忘れていたのです。 魚を釣っていたその時、急に殿様の前に水柱が立ち昔、手打ちにした家来「犬塚八郎」が出てきました。そして殿様に対していいました。 「殿は以前、私がああして諌めたにもかかわらず………まだ治っていない!!」と怒りに燃えたこわい顔で立っていました。 びっくりした家来達が、あれよ!!あれよ!!といっているうちに殿様は水の中に引き入れられてしまったという事です。 (「袋井に伝わる昔話」より) |
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