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中遠昔ばなし

第102話   (とくがわいえやすとみくらのせい)
徳川家康と三倉の姓(森町)

徳川家康と三倉の姓(森町)

 今から約四百年前の昔、徳川家康と武田信玄(たけだしんげん)との間に、はげしい戦(いくさ)がありました。
 家康は、浜松城(はままつじよう)を出て、天野宮内衛門(あまのくないえもん)という武将(ぶしよう)が守っている犬居城(いぬいじよう)を攻(せ)め落とそうとして、北へ向かいました。しかし、そのころこのあたりは、大雨が降(ふ)り続き、気田川(けたがわ)の水があふれ、川を渡(わた)ることができず、城を攻めることができませんでした。そのうえ、持ってきた兵糧(ひようろう)も残り少なくなってきたので、兵をまとめて引き上げることにしました。ところが、途中(とちゆう)で道に迷(まよ)い、兵がばらばらになってしまいました。
 天野方(あまのがた)は、このようすを見て
「それ、敵は逃げ出したぞ、うちとれ!」
とばかりに、弓(ゆみ)や鉄砲(てつぽう)を射(い)かけながら、どこまでも追いかけてきました。
 徳川方は、道も方角もよく分からぬ、山の中での戦(たたか)いで、多くの兵が傷(きず)つきたおれました。大将(たいしよう)の家康も、鉄砲で左ももをうちぬかれ、わずかな家来(けらい)とともに、小奈良安(こならやす)から田能(たのう)、大久保(おおくぼ)を通って、命からがら、中野(なかの)の田口家(たぐちけ)へ逃(に)げ込みました。しかし、田口家にはかくれる所がありません。しかたなくうら山の大きなカヤの木の根もとにあるほら穴(あな)の中で傷の手当(てあ)てを受けました。手当てを受けている間にも、敵が追ってくるようすなので、ゆっくり休むこともできず、急な坂道をはうようにして、やっとのことで、三倉の矢部久右衛門(やべきゆうえもん)の家にたどりつきました。
 久右衛門は、傷ついた家康の姿を見て、たいそう気のどくに思い、家にある三つの倉のうち、道具(どうぐ)を入れておく倉の中にあんないし馬のくらを三つならべて、その下にかくれているように言いました。家康は、身をちぢめ息をころし、祈るような気持ちでかくれておりました。もし敵兵に見つかったら、すぐに切腹(せつぷく)しようと、短刀(たんとう)をぬいて腹(はら)にあて、かくごを決めておりました。
 まもなく大ぜいの敵兵が、倉の中まで、やってきて、天じょうから床下(ゆかした)までさがしましたが、ついに家康を見つけることができず、くやしそうにそこを立ち去って行きました。
 家康はここで一命(いちめい)を拾(ひろ)いました。しかし敵兵がもう一度さがしにくるおそれがあると思ったので、用心深く、先ほど敵兵がさがしていた長持(ながもち)のふとんの下にもぐりこみました。しばらくすると、思った通り、敵兵がもどってきて、見落とした所をていねいにさがしはじめました。しかし、今度も家康を見つけることはできませんでした。敵は見はりの兵を残して、天方城(あまがたじよう)めざして引き上げていきました。
 敵の見はりの目がきびしいので、家康たちは浜松城へのがれることもできません。この村には医者もいません。しかたがないので、矢部家の北の釈平(ほらだいら)にある栄泉寺(えいせんじ)に、傷がなおるまで、かくまってもらうことにしました。  川をへだてた寺のま向かいに、小野万太夫(おのまんだゆう)という庄屋(しようや)がおりました。万太夫は、たいへんやさしく親切な人でしたので、傷ついた家康に同情して、毎日食事を作ってあげたり、よもぎの葉の風呂をたてて、傷の手当てをしてあげたりしました。
 家康は、この人たちの世話になりながら、十四、五日の間(あいだ)、傷の手当てを続けました。日がたつにつれて、傷の具合(ぐあい)もよくなり、敵方(てきがた)の見はりの目も、うすらいできたので、五月五日の、しょうぶの節句の日に、栄泉寺や世話をしてくれた村の人たちに別れをつげ、浜松城へ帰って行きました。
 その後、家康は、征夷大将軍(せいいたいしようぐん)となり、江戸(えど)に幕府(ばくふ)を開(ひら)きましたが、倉にかくまってくれた矢部家には「三倉」という姓と土地を与(あた)え、最初(さいしよ)に逃(に)げ込(こ)んだ田口家と、食事や風呂の世話をしてくれた庄屋の小野家には、徳川家で使っている「葵(あおい)」の家紋(かもん)の使用を許(ゆる)したということです。

(「森町ふるさとの民話」より)

田口家の屋敷跡   栄泉寺
田口家の屋敷跡   栄泉寺

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