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中遠めぐり

(いのちやま)
命山
  江戸時代に造られた中新田・大野の命山(袋井市)

中新田命山   大野命山
中新田命山(令和3年5月撮影)   大野命山(令和3年5月撮影)
名称:中新田命山
 (なかしんでんいのちやま)
所在地:袋井市中新田264
地図:Google Map (別ウィンドゥで表示)
駐車場:有り

名称:大野命山
 (おおのいのちやま)
所在地:袋井市大野3435
地図:Google Map (別ウィンドゥで表示)
駐車場:無し
※車での見学はご遠慮ください

 かつての中新田・大野地区は集落の東側や北側にかけて入江が深く入り込み、高潮の被害を受けやすい地形でした。
 延宝八年(1680)八月六日に東海地方を襲った台風は、江戸時代最大と言われるほど多くの被害をもたらしました。静岡県内では吉原・大井川・横須賀・浅羽・浜名湖口地方で高潮が発生したほか、江戸、三河国・田原(愛知県東部)西尾・吉田(豊橋)などでも高波と高潮が記録されています。
 延宝八年から二年ほどの間に書かれたとされる『百姓伝記』には、「打ち寄せた波は、横須賀城の中戸井(なかどい)の前で止まり、城より南東の村々、西の村々は潮浸りになった。中でも東同笠村・西同笠村・大野新田・中新田・今沢新田に潮が強くあたり、この村々で300人が死んだ」と被害のすさまじさが記録されています。
 『横須賀根元歴代明鑑(よこすかこんげんれきだいめいかん)』によると、中新田の命山(助け山とも記される)は延宝の高潮被害の後に造られ、その後の高潮では村人全員がこの山に登り、船で対岸の横須賀から食料を調達したり、潮が引くのを待ったことなどが詳しく記されています。大野の命山もこの時に造られたものと考えられます。

【中新田命山の形状】
 中新田の命山は、周りの粘土質の土を盛り上げられて築かれました。形状は二段築成の方形で、基底部が東西32メートル、南北32メートルの方形。上段部は東西18メートル、南北26メートルの長方形。高さ5メートルの規模です。
(大野の命山は粘土質の土を盛り上げて築かれ、形態も小判型というように同じ命山でも両者は異なっています。)

【大野命山の形状】
 大野の命山は、周りの粘土質の土を盛り上げて築かれました。西側が削られていますが、形状は二段築成の小判型で、基底部が東西24メートル、南北27メートルの長方形。高さ3.7メートルの規模です。
(中新田の命山は砂質の土を盛り上げて築かれ、形態は方形というように同じ命山でも両者は異なっています。)

■静岡県指定文化財 史跡(2007年3月20日指定)

説明文参考資料:命山説明文看板

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